大阪地方裁判所 平成10年(ヨ)3177号 決定 1998年11月30日
債権者
森辰已
債権者
加納稚己
債権者
木下勝彦
債権者
木脇精進
債権者
本浩
債権者
和田充敏
右六名代理人弁護士
出田健一
同
城塚健之
同
篠原俊一
債務者
大阪名鉄観光バス株式会社
右代表者代表取締役
茂利治孝
右代理人弁護士
中谷茂
同
山口勉
主文
一 債権者らが、本案訴訟の第一審判決の言渡しに至るまで、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、左記債権者に対し、平成一〇年一〇月から本案訴訟の第一審判決の言渡しに至るまで毎月二五日限り左記金員を仮に支払え。
記
債権者森辰已 金三七万三〇五四円
債権者加納稚己 金三七万七五一三円
債権者木下勝彦 金三九万二九〇二円
債権者木脇精進 金四〇万一〇四五円
債権者本浩 金三八万五五五九円
債権者和田充敏 金三三万二一〇〇円
三 債権者らのその余の申立てを却下する。
四 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一当事者の申立て
一 債権者
1 債権者らが債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。
2 主文第二項同旨
3 申立費用は債務者の負担とする。
二 債務者
1 債権者らの申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者らの負担とする。
第二事案の概要等
一 事案の概要
本件は、債務者と申立外大阪名鉄観光労働組合(以下「名鉄観光労組」という。)との間で、従業員は名鉄観光労組の組合員とならねばならず、これに加入しない者又は脱退した者は債務者が解雇する旨のユニオン・ショップ協定(以下「本件ユニオン・ショップ協定」という。)が締結されていたが、債権者らが名鉄観光労組を脱退して申立外全日本運輸一般労働組合(以下「運輸一般」という。)に加入したことから、債務者が、本件ユニオン・ショップ協定に基き、債権者らを解雇(以下「本件解雇」という。)したところ、債権者らが、本件解雇は無効であるとして、従業員たる地位の保全及び賃金の仮払いを求めた事案である。
二 争点
1 本件解雇が有効であるか否か。
2 保全の必要性があるか否か。
三 争点についての当事者の主張
本件仮処分命令申立書、答弁書及び各主張書面に記載のとおりであるから、これらを引用する。
第三当裁判所の判断
(争点1について)
一 債権者らは、ユニオン・ショップ協定締結組合(以下「締結組合」という。)である名鉄観光労組を脱退し、名鉄観光労組から債務者に対して解雇要請がなされた当時、運輸一般に加入していた者であるが、ユニオン・ショップ協定のうち、締結組合以外の他の労働組合に加入した者について使用者の解雇義務を定める部分は民法第九〇条により無効であり、本件解雇は、本件ユニオン・ショップ協定に基づく解雇義務がないにもかかわらずされたものであるから、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏付ける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効であると解すべきである(最高裁判所平成元年一二月一四日及び同月二一日各判決参照)。
二 しかるに、債務者は、債権者らの名鉄観光労組からの脱退及び運輸一般への加入(以下「本件脱退・加入」という。)に至る経緯並びに本件解雇前後の事情から、本件脱退・加入は、名鉄観光労組の組合員である他の従業員の犠牲において、債権者らの個人的利益を追求する目的でされたものであり、労働組合選択の自由及び団結権を濫用するものであって、解雇の合理性を裏付ける特段の事由があるから、客観的に合理的な理由があるとして、また、債権者らは名鉄観光労組及び同組合員の権利を侵害することを目的として脱退し、この目的を達成するために普遍的な反価値性のある行動をしたので、名鉄観光労組及び同組合員が権利を守るために債権者らの解雇を求めたものであるから、債務者には解雇義務があり、本件解雇は、債権者らの労働組合選択の自由及び団結権を侵害するものではないとして、本件解雇は解雇権の濫用ではなく有効であると主張するので、以下これについて判断する。
債権者らがいかなる動機、目的で名鉄観光労組を脱退し、運輸一般に加入したかは債権者らの労働組合選択の自由及び団結権の範囲内のことであり、使用者である債務者がその是非を判断すべきものではなく、仮に債権者らに債務者主張の動機、目的があったとしても、本件脱退・加入によって、当然に、名鉄観光労組の組合員の労働条件が債権者らより不利になり、債権者らが名鉄観光労組の組合員より有利な労働条件を獲得することができるわけではなく、仮に両組合の組合員の労働条件に相違が生じるとしても、どちらの組合に加入するかによって当然に生じるものではなく、債務者の経営方針、各組合の活動方針や労使交渉の結果によるものと解される。
次に、債権者らが普遍的な反価値性のある行動をしたとの点は、反価値性の評価基準が明確ではないうえ、債権者らの行動について、債務者が名鉄観光労組に対する関係での反価値性を判断することは、債権者らの労働組合選択の自由及び団結権を侵害し、名鉄観光労組の内部統制に属する事項に容喙することとなり(債権者らは脱退前に名鉄観光労組から除名その他の処分を受けたとは認められない。)、引いては、債務者において名鉄観光労組の団結権と運輸一般の団結権に優劣をつけることにもなり、正当とはいえない。
さらに、一件記録及び審尋の全趣旨によれば、債務者は、運輸一般の活動方針や活動方法・形態が名鉄観光労組とは相違があり、債権者らの運輸一般への加入によって、従来からの労使関係の維持が困難となってきたことを主張しているものと解されるが、債務者としては二組合併存下での新たな労使関係の形成に努めるべきであって、債権者らの労働組合選択の自由及び団結権を制限することによって、従来からの労使関係を維持しようとするのは正当ではないといわざるを得ない。また、債務者は債権者らが運輸一般を背景に違法又は不当な組合活動に及ぶ虞があることを危惧しているやに解されるが、組合活動の正当性の有無と本件ユニオン・ショップ協定に基づく解雇義務の有無を同列に論ずることはできず、右のような危惧があるからといって、直ちに債権者らの運輸一般への加入が労働組合選択の自由及び団結権の濫用であるとはいえないし、本件ユニオン・ショップ協定に基づく解雇義務が生じるともいえない。
以上の判示に、債権者森辰巳(ママ)は本件脱退・加入後一年余の間解雇されておらず、この間債務者と運輸一般との間に労使交渉・合意(<証拠略>)がされているところ、さらに債権者加納稚己ら五名が本件脱退・加入をした結果、本件解雇がされるに至ったことを併せ考慮すれば、債務者の主張は失当であって、本件解雇の合理性を裏付ける特段の事情があるとも、債務者に解雇義務があるともいえないから、本件解雇は解雇権の濫用として無効である。
なお、債務者は、本件脱退・加入に至る経緯並びに本件解雇前後の事情を縷々主張するが、本件ユニオン・ショップ協定に基づく解雇以外の別の他の事由による解雇は主張しないものである。
(争点2について)
三 疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、保全の必要性も一応認められるが、債務者は債権者らが職場復帰しないことを条件に平均賃金を仮払いする旨の暫定和解を申し入れたが、債権者らはこれを拒否した(審尋の結果)ので、この点について保全の必要性との関係で検討するに、債権者らが右和解申入れを受諾すべき義務があるとはいえないうえ、右条件は一部従業員の意向を考慮したものであると一応認められるが(<証拠略>)、債権者らの就労の機会を閉さすものであり、引いては債権者らの団結権を侵害する虞があることを考慮すれば、右条件の正当性には疑問があるから、債権者らがこのような条件を付けた右和解申入れを拒否したからといって、保全の必要性がないとはいえない。
(結論)
四 以上によれば、本件仮処分命令申立ては被保全権利及び保全の必要性の疎明があるので、これを認容することとし(但し、地位保全の申立てについては賃金仮払いと同じ期間に限定するのが相当であるから、この期間を超える部分の申立ては却下する。)、事案の性質上担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。
(裁判官 田中義則)